はじめに

ベツレヘム(Bethlehem/ベスレヘム)はI-78を西に向かい、デラウェア・リバーを超えてペンシルベニアに入ったのち少々行ったところにあります。Japan Center of NJからですと、I-95とI-78で1時間半ほどのところです。

いま現在では何があるというわけでもない田舎町ですが、この街も昔は活気に満ちた鉄の街でした。 ベツレヘムはイーストン(Easton)でデラウェア・リバーに流れ込むリーハイ・リバー沿いに発展した、開拓時代からの由緒ある街です。 今も昔もそれほど人口は多くはありませんが、地域の中核をなす産業都市としてAllentownと共に栄えました。 20世紀前半に絶頂期を迎えたベツレヘム・スティールの本社を抱える産業の街としてその名を全米に轟かせたベツレヘムですが、絶頂期に起こった労働争議が暗雲をもたらします。 ベツレヘム・スティールは全米で2番目の鉄鋼生産能力を誇り、健全な財政と盤石の経営を謳歌していました。ここで訪れたのが労働争議です。 会社が儲かればそれだけ労働者たちの会社に対する要求は高まります。儲かっているんだから待遇を改善せよ、給与を上げよというわけです。 これは当然の要求ですし、誰でももっとお金が欲しいものです。しかし、やりすぎは良くありません。 労働者たちは1910年以来「階級闘争」に明け暮れ、1959年にはすべての鉄鋼労組が合意後も117日に及ぶストライキを行い、大統領のアイゼンハワーが介入しようやく終結を見ました。 表面上は彼らは要求を手に入れたかのように見えましたが、見えないところでは自分たちの首に縄をかけて足元の台を蹴っていたのです。 この史上最長のストライキの間に当然ながら鉄鋼の生産は激減し、冷戦中のアメリカはミサイルのサイロ建設用の鋼鉄まで不足したそうです。 このような状況下で、当然のごとく台頭したのは日本の鉄鋼メーカーです。朝鮮戦争で増産投資を行った日本の企業は、軍需に耐える良質の安い鋼鉄で攻勢をかけました。 それまでは自国の製品で賄われていた建設用などの鉄鋼製品は、この際に廉価な輸入品にとって代わられていきます。

結果は、お察しの通りです。アメリカ鉄鋼業の凋落とそれに伴う人員整理、究極的な破産手続きと会社の解散が続きます。 労働者たちは順次解雇、最終的には会社自体無くなってしまいました。真綿で首を絞めるというやつでしょうか。

会社の解散が行われた後、ベツレヘムの街は生き残る術を探すこととなります。 一大産業だった鉄を失い、周りに大きなメトロエリアも無く、街の存続をかけた作戦はいかがなものだったのでしょうか? 彼らは観光に力を入れることにしました。なにがあるわけではない街になってしまいましたが、一つだけ残ったものがあります。製鉄場跡地です。

製鉄所などの巨大工場は人の目を惹きつけるものがあります。 日中に見られる、機能性のみを追求した巨大構築物たちが整然と、かつ、ある意味で乱雑に林立する工場跡地、磨き抜かれた摩天楼と違うある種のアナログ的な美しさ、「自然的」ですらある錆びの浮いた鋼鉄の構築物たち。 仕事重視で見てくれにこだわらない、荒々しい男たちとも言える景観です。 一方、夜になるとそれらの構築物はすべて夜闇の中に隠され、燦然と輝く照明が構築物にそって連なりその輪郭のみを浮き上がらせ、面ではなく線を強調した、機能美を超えたある意味でシュールな美しさを醸し出します。

これは観光資源になる、そう判断したのでしょう。ベツレヘムの人々はその工場跡地を生かした観光スポットを作り出すこととしました。 ここでまた、ingeniousな判断が行われました。カジノです。そこにあるそのものでは足りない、観光資源として有効であるが決め手に欠ける、リピーターが狙えない。 リピーターは観光地にとって何よりも重要なものです。一回来た人がまた来てくれる、定期的にやってくる、これで採算は取れるようになります。 ここで、カジノです。カジノに来る人たちは足繁く通います。必ず、また来ます。

彼らは州のカジノ・ライセンスを取得し、一軒だけですが巨大カジノ(ラス・ベガスと比べてはいけません、アトランティックシティーあたりと比べましょう)と併設されたホテルを建てました。ニューヨークのメトロ・エリアにはカジノはありません。 アトランティック・シティーまで行かなければなりませんし、交通の渋滞(ああ、夏のジャージー・ショア)も問題です。 ニューヨークからは誰も行かない、リーハイ・バレーにカジノを作ってニューヨークから客を呼ぶ、大した発想です。 呼び物は、カジノと廃製鉄所跡地です。ついでにアウトレットも作りました。 これで、お父さんがギャンブルに狂っている間も、お母さんは買い物に狂い、子供は放置です、完璧です(冗談です、ちゃんと子供用のゲームセンター付きで、子供はゲームに狂えます)。

実際には、某アジアの大国の白バスが大挙して乗り付けており、フードコートではパンダ・エクスプレス(記憶は定かではない)が人気のスポットになっているようです。作戦大成功です、やったね! アトランティック・シティーから客寄せに成功したかな?(統計は見ていません、興味もあまりありません)。

てなわけで、本題です。

ベツレヘムの観光案内

bethlehem1s

[写真左上]
製鋼所跡、丘側から。圧延鋼用の施設のようなものも見受けられるので、ここからは製鉄所ではなく製鋼所と記述しています。 アートセンターなどが立ち並ぶ新しい観光スポットから見た廃工場跡。男の浪漫です(鉄の街育ち)。 過去には高炉から鋳鉄が出されるたびに空が赤く燃えたのでしょうか。もしそうでも、いまは昔、失われた記憶、古い住人のみが知る光景でしょう。
[写真左下]
製鋼所跡、川側から。青空の中に佇立する高炉群、太陽を背に黒々とそびえ立ちます。
[写真右上]
高炉でしょうか(それにしてはちょっと細いかな、素人検分です)、浮き出たサビが寂静感を誘います。 「国破れて山河あり」ではありませんが、「会社潰れて廃工場あり」というところです。 現実的な話をすれば、この規模の「鉄の塊」を解体・処分するのにはとてつもないお金がかかります。 もし高炉だったら、鋳鉄まみれのクソ重い建築物、しかも、戦艦などよりよっぽど丈夫な鉄の塊(そんなものどうしたって水に浮かないレベルです)をどうにかしないといけないわけです。 コスト度外視でもう一回火を入れないと、取り崩しどころか爆破(大砲は毎回爆破に耐えています)も無理でしょう(直径数メートルから十数メートルの鉄の筒です)。 破産管財人が投資をするところではありません。有り体に言えば、放置されたままだったものと思われます。 観光資源化するのがいろんな意味で最上の案だったのではないかと思います。住人の放棄した街を解体・再開発するのにはお金がかかるものです。 クリーブランドの東側半分の「ボイド」(km単位で信号がない廃屋の立ち並ぶエリア)や、悪名高いデトロイトの「ダウンタウン」は放置されたまま長い時が経ち、 治安の悪さすら超越した「割れたガラス窓の廃屋」のみが立ち並び、ホームレスの姿さえ見えないところとなっています(誰もいないところは治安が悪いという概念すら当てはまりません)。 そうならないように公園的な管理を行い観光資源化するのは、考えられる「経費節減」を鑑みたプランの中で、都市計画を含めた大局的な判断の中では最善のものだったのではないでしょうか(素人の浅智慧による推測)。
[写真右下]
ラマを連れて歩く人。ラマはまだまだ子供のようです。 動物保護を訴えるためと言っていましたが、動物愛護団体にありがちな攻撃的な雰囲気もなく、ほんわかとしたおじさんでした。

[写真左]
カジノ!さあ、楽しいギャンブルの時間です。あなたのお金は私のお金、たんまりと落としていってください。 帰りのバスはツアー代に込みです。安心して無一文になるまで狂ったようにお金を使ってください。 ギャンブルデ、ウチヲウッタヒトハ、イッパイイルケド、ウチヲカッタヒトハ、アンマリイナイヨ。デモイッカ、タノシイカラ。
[写真中]
カジノ・ホテルとアウトレットの入り口。
[写真右]
アウトレット・モール内部。人がいません。なぜでしょうか? しまった、大きな誤算でした!見込み違いも甚だしい!スロットの当たり率を少しあげないとダメです。 みんな有り金全部ギャンブルですっちゃって、モールで使う金が無くなっちゃってんじゃないですか。 経営的には構わないけど、呼び物の一つが全然ダメってのはいただけません。印象が悪い、どうにかせねば。 バランスよく経営ってのは難しいものですね。まあ、市からすれば税金が入ればそれでいいという話ですが。

フラッシングでもチャイナ・タウンでもありません。ベツレヘムです。フードコートの中華の前はどこの国だか判らない有様です。 この人達本当にカジノにギャンブルしに来ているのでしょうか(テーブルの上に注目!どのテーブルも何にもないし。コーヒー1杯で一日粘ろうとする何処かの国のご老人たちよりも...)。 フラッシング発カジノ行きの15ドルのバス乗車券には45ドル相当のスロット・フリープレイ券が付いてくるからそれをお金に変えて、 なんて地元紙の記事もあります(長い)。

<追記>
記事が掲載されたその後、無料券はスロットでの使用が出来なくなり買取価格が下落したそうです。買う方(以前はスロットの当たり率が一番良かったので、少額ながら確率的に必ず勝てたはず)も売る方も相当困ったようですが、世の中、簡単に金が稼げるわけもなく。街の方でもいろいろあったようで、今どうなのかは関係者の自己責任なので全く興味がありません。

記事にもあるように、この町もまた変わりつつあるようです。生き残るための戦いは、いろいろな意味で過酷です。 目論見通りに、失われた産業を埋め合わせることに成功している様子のベツレヘムですが、町の住民たちは幸せなのでしょうか。 近隣のアレンタウンやイーストンに比べ格段に治安が良いとされるベツレヘムですが、カジノにやってくる人々が街に溢れてはそれまで通りとはいかないでしょう。 伝統を保って田舎の平和な町でいるか、外部の人間を入れて町を豊かにするか、住人の判断次第です。

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